『ザ・コーヴ』(The Cove)

"THE COVE"


『ザ・コーヴ』(The Cove)は2009年に米国で制作されたドキュメンタリー映画で、国立公園に指定されている和歌山県太地町で毎年行なわれるイルカ漁を、これに反対する活動家の立場から描いている。


この映画は太地町での追い込み漁によって殺されるイルカの数が南極圏で殺される鯨の数倍にも上るという事実を強調し、イルカとネズミイルカを合せた毎年23,000頭が日本の捕鯨業によって犠牲になっていると伝えている。渡りの途中のイルカの群れが秘密の入り江へとおびき寄せられてから網に捉えられ、小型の漁船に乗った漁師たちに銛やナイフで殺されている、と訴えている。

監督はナショナル ジオグラフィック誌のカメラマンとしての活動歴を持つ、ルイ・シホヨス。映像の多くは2007年に隠し撮りされたもので、水中マイクや外見を岩に似せた高解像度カメラが使われている。

このドキュメンタリーは2009年1月に第25回サンダンス映画祭観客賞を受賞した。同カテゴリーに応募した879点の作品のなかから選ばれたのだ。そして2010年3月7日には、第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞している。

本稿は次の人々へ宛てて書かれている。ルイ・シホヨス、西洋のメディア(特にジャパン・タイムズ)、『ザ・コーヴ』主演リック・オバリー(米国のテレビドラマシリーズ『わんぱくフリッパー』 の製作現場でイルカの調教師として働き、後にイルカ解放活動家に転じた)、そして思い上がった同情心を振りかざす、すべての西洋人へ。

私は日本に住んでいる。ここに住みはじめてから20年になる。日本という国は戦犯を抱えている———元首相の小泉純一郎のことだ。彼は米国や英国をはじめとする猛禽のような西洋諸国と結託して、イラクに対する違法な戦争に日本を引きずり込んだ。

国連安保理の承認を得られなかったにも関わらずイラクに戦争を仕掛けたジョージ・W・ブッシュ米国大統領の決定は違法である———コフィー・アナン国連事務総長(当時)は、2004年9月15日水曜日付のBBC放送のインタビューに答えてこのように述べている。国連安保理が認めない戦争は違法かと三度にわたり問われた事務総長は、「我々の見解ではそれは違法である」と答えた。
インタビュアー:それは違法でしょうか?
アナン事務総長:そうだと言えるでしょうね。お望みなら。
インタビュアー:違法なんですね。
アナン事務総長:はい。私はそのような行為は国連憲章に合致しないと指摘してきました。我々から見ても国連憲章から見てもそれは違法です。
(インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙2004年9月17日金曜日掲載「国連事務総長、イラク戦争を違法と指摘」 ニューヨークの国連本部、AP通信)

もちろん、この国で小泉が戦犯だとは考える者はいない。彼は今もハーグにいる代わりに自由に辺りをのさばっている。ブッシュ、ブレア、ベルルスコーニ、その他の共犯者——徒党を組んで殺人と略奪を行なった——と同じように。イラクに対する略奪行為が主流メディアに取り上げられることはめったにない。アフガニスタンに関する報道となると、ますます少ない。ニュースになるとしても、心的外傷後ストレス障害に苦しめられるアメリカ兵や、その他西洋諸国の犠牲者についての話題である場合がほとんどだ。

私が読んでいるのはジャパンタイムズという新聞、まるで麻酔薬のような日刊紙だ。つい先日の24日火曜日、この新聞でいままで幾度も目にしてきたような記事にまたもや出くわした。片面のほぼ半分を占めているそれは『ザ・コーヴ』の撮影地である太地町について書かれている(AP通信 Jay Alabaster記者)。近頃英語メディアは『ザ・コーヴ』の話題を頻繁に取り上げていて、ジャパンタイムズの場合、特にそれが顕著だ。イルカの大虐殺、小さな田舎町太地町の知られざる暗部……。米国と英国が主導する多国籍軍が石油のために現時点で100万人を超えるイラク人を虐殺してきたことよりも、イルカの殺戮のほうがより多くの人の関心を集めるというわけだ。日本人の漁師がイルカを殺してその肉を食べる。だから何だ? それがそんなに大した問題なのだろうか?

わざと見当違いなところに心配の種を見つける西洋人の問題意識にはもううんざりだ。『ザ・コーヴ』の監督ルイ・シホヨスはもっと他にやるべきことがあるんじゃないだろうか? もっと重要なテーマがあるはずではないか? 

こんなくだらない作品がオスカーを獲得するとは驚きだが、よく考えるとそんなにおかしな話でもないのかもしれない。考えても見てくれ、世界の重大事が何かということをハリウッドが決めるとは……。

的外れな社会的関心の煽り方という点ではもうひとつのクソ映画とそっくりだ。キャスリン・ビグロー監督による『ハート・ロッカー』はイラクで活動する米国の爆弾処理班を描いている。イラク全土、いや、世界の大多数の人々が「ハート・ロッカー(極限まで追いつめられた状況)」のなかで苦しんでいるというのに、よりによってビグロー監督が描くのは、バグダッド周辺のあちこちで元はといえば自分たちがばらまいた爆弾を取り除くアメリカ兵の話なのだ。

的外れな問題に対する西洋人の懸念はいつまで続くのだろうか? 

この世界の大多数の人々は西欧の資本主義経済体制による政策のせいで悲惨な生活を強いられている。それを差し置いて、イルカや鯨、そしてそもそもは犯罪者であるアメリカ軍の犠牲者が注目を集める。西洋人諸君、いい加減に目を覚ましてくれ! 911やマドリッドでの列車爆発、ロンドンでのバス爆破——こうしたテロが続いてもまだ足りないというのか? 自分たちの快適な生活を維持するために世界中で虐殺と略奪行為を繰り広げ苦しめてきた人々に、いつになったら関心を払うのか。ルイ・シホヨスよ、君はアメリカ人として、建国以来地球上で最もひどい暴力をふるってきた国の住人として、どう思う? 自分たちが世界中の人々に押し付けてきた苦悩など知ったことではないというのなら、せめて自国における悲惨な状況に目を向けるべきなんじゃないのか?

イルカのことなんか誰が気にすると言うんだ?

私にとってはどうでもいい問題だ。東欧やアフリカの国々、アラブ世界やアジア諸国にとってもそうだ。では、ほかに誰が太地町のイルカを心配している(ふりをしている)のか? それはどういう人間なのだろう?

それはおなじみの面々——自らの高潔な同情心に酔う白人のアングロサクソン、神を恐れる中流階級のキリスト教徒たちだ。

ルイ・シホヨスとその仲間たちに言いたい。秘密兵器の隠しカメラ、ハイテクを駆使した防水の小型カメラがあるのなら、ブッシュ、ブレア、小泉、ベルルスコーニ、アスナール、その他の戦犯らの傲慢な姿を隠し撮りすればいいじゃないか。そうでなければ、アメリカの強制収容所に入れられているチェチェン人、パレスチナ人、スーダン人、イラク人、クルド人、インド人の抑圧された生活を撮ってもいい。一日あたり25,000人にもなる飢餓による死者、児童買春、兵士として利用される子供たち……他にいくらでも映画になる題材があるだろう。選択肢がなかったとは言わせない。世界に注視され声を聞いてもらえるかどうかで文字通り命が左右される何百万人もの人々を差し置いて、あなたたちはイルカを選んだ。資金と時間に恵まれ、当然ながら熱意もあるのに、それらすべてを的外れなことに費やした。

これまでイルカや鯨の問題についてジャパンタイムズがどれほど紙面を割いてきたか分からない。でも臆病な主流メディアに何を期待できるだろう? そして日本に見当違いな批判をぶつけるルイ・シホヨスよ、この国の「平和を愛する精神」にこそ着目すべきじゃないのか? 日本は戦争を放棄すると誓ったにも関わらず、イラク攻撃という最大級の国際的犯罪(それを率たのはあなたの母国アメリカだ)に加わったのだ。このイルカに対する執着は男女を問わず西洋の白人の典型的な強迫観念だ。前述した、最近のジャパンタイムズの記事は、9月の上旬に始まろうとしている毎年恒例のイルカ漁を取り上げ、「太地町の入り江の水は真っ赤に染まるだろう」と書いている。イラク全土と世界の広範にわたる地域が血で赤く染まり、もしくは、感じやすい西洋人の住む資本主義国家の凶暴な経済政策のおかげで蒼白になっている。まったくお笑いぐさだが、件の記事にはこうも書かれている——「この土地の人々はイルカと友だちになることもできるのに、彼らにとってイルカは大きな獲物にすぎないのだ」。現地の住民の考えは、外国人にとってまったく理解しづらいようだ。

もう一度問い直してみたい。ここでいう外国人とは誰のことだろう? 私だって外国人だ。人間のことよりもイルカのことが気になって仕方がない繊細な心を持った外国人とは誰のことだろう? 私はその一員ではないし、私の兄弟たちだって違う。パレスチナ、イラク、ブルンジ、ユーゴスラヴィア、ロシア、レバノン、ペルー、エクアドル、コロンビアなど各地からやってきて、東京に住んでいる友人たちだってそんな外国人ではない。それでも太地町におけるイルカの虐殺は、ガザ地区のパレスチナ人を飢餓に追い込むイスラエルと欧米諸国の仕打ちや、パレスチナ人への人道的援助のためガザ地区に入ろうとして頭のおかしいイスラエル人コマンドに殺された9名のトルコ人活動家よりも多くの注目を浴びている。

私も何度か鯨肉を食べたことがある。それはとてもおいしいと思う。渋谷区にいいレストランがあって、そこでも鯨肉を食べることができる。でも残念ながらまだイルカの肉は食べたことがない。

ルイ・シホヨスよ、あなたはイラクに駐屯しているアメリカ兵を元気づけるために自分のお粗末なドキュメンタリーを見せるのか? それなら他でも見せたらいい。チェチェン、ガザ、スーダン、スレブラニツァ、アンゴラ、シエラレオネ、コンゴ、カンボジア、ベネズエラ、アフガニスタン、グアテマラ、エルサルバドル、クルディスタン、アルバニア、イエメン、ソマリア、東ティモール、パキスタン、ハイチ、そして感じやすい心を持つ西洋の資本主義体制が作り出した世界中のスラムと労働搾取工場で上映してみたらいいだろう。もしくは、アウンサンスーチー、レオナルド・ペルティエ、ムミア・アブ=ジャマル、アブドラ・オジャラン、マルワン・バルグーティ、レイラ・ザーナにDVDを送ってみるかい? 彼らはどう思うだろうか? ルイ・シホヨスよ、もしイラクのバグダッドやファルージャで『ザ・コーヴ』を見せるなら、上映後には客席と質疑応答の時間を設けるといい。イラクの人々は太地町とその黒い秘密について聞きたいことが山ほどあるだろうから。

ルイ・シホヨス、そしてこの問題はとても気掛かりだしショッキングだという外国人(西洋人)。あなたたちは、小さくて、可愛くて、頭のいい、かわいそうなイルカが虐殺されるなんて信じられないという。それなのに自分たちの国の政府が、小さくて、可愛くて、頭のいい、かわいそうなイラクの子供たちを虐殺し、世界中で略奪を行なっていることに対しては平然としている。あなたたちが唱えるのはうわべだけの正義だ。典型的な中流階級出身の空虚な西洋人、見せかけだけのアクティヴィスト。魂の啓示を求めてエヴェレストを登り、ネパールやチベットを旅しては麻薬に溺れる。ダライ・ラマ、アウンサンスーチー、ガンジー、キング牧師らを熱愛するけれどもマルコムXやブラック・パンサー、ハッサン・ナスララ師、ハマス、イラク・レジスタンス、IRA、チャベス、モラレス、ネパール共産党は愛さない。どうせ安全圏に留まりたいのだろう。木やイルカを抱きしめて、アムネスティーに協力し、貧民救済チャリティー・コンサートを開き、ウィ・アー・ザ・ワールドを歌う。その一方で、自国の罪深い資本主義経済政策と自分自身の欲が引き起こした本当に重要な問題と正面から向き合うことをできる限り避けている、偽善者ども!

* * *


「イラクの赤子へ」 シナン・アントゥーン


知っているかい
おまえの母の乳首は
乾いた骨だと
その乳房は劣化ウランで
はち切れんばかりになっていると


知っているかい
子宮の窓から見渡せるのは
奪われた土地だということを


知っているかい
おまえの明日に
明日は来ないことを
おまえの血は
新しい地図を描くインクだということを


知っているかい
おまえの母は
のろのろと過ぎる自分の時間を紡ぎ
哀歌を織っていると
もういまから君の死を悼んでいることを


恥ずかしがらないでいい
おまえの葬儀は終わり
涙は乾き
みな帰ってしまったから


こっちへおいで!
すぐ近くだから
遅れるなよ
おまえの墓が見張りに立って
そっちを見ているから!


怖がらなくていい!
俺たちがおまえの骨を
おまえのお気に召すように組んでやるから
そしてその上に
花のように頭蓋骨をのせるから


こっちへおいで!
おまえの友だちが大勢待っている
その数は日を追うごとに増えている
……
亡霊の仲間どうしで遊べばいい


こっちへおいで!
ブルキッチ・スレイマン 2010年9月2日
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